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スローな旅のススメ

森厳な彌彦神社に酒気も洗われ

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二礼四拍手一礼、古来の作法で参拝

 
彌彦神社拝殿。背後に霊峰・弥彦山がひかえ、山頂(標高638m)には御神廟(奥宮)が鎮座する

 岩室温泉から彌彦神社(やひこじんじゃ 新潟県西蒲原郡弥彦村)へは5km足らず。徒歩で1時間ほどの距離です。旧北国街道の面影を残す道もあり、いつもなら迷わず歩くところですが、今回はタクシーを利用しました。食べ過ぎで、足先が見えないほど腹が迫り出し、どうにもからだが重かったからです。

 「お客さん、彌彦神社ははじめて? えっ、そんなに何回も? じゃ参拝の作法、ごぞんじですよね?」

 はて、どうだったかしら。思考力が眠っている状態では、なかなか思い出せません。

 「ふつうは二礼二拍手一礼でしょう。でもここは二礼四拍手一礼が正式なんですよ」

 そうだ、出雲大社もそうだった(かな)。

 
親鸞聖人ゆかりの「聖人清水」。聖人が参拝の折、杖で突くと清水が湧いた伝説が残る

 万葉集にも歌われている越後国一宮(いちのみや)、彌彦神社は、古くから「おやひこさま」と親しまれ、広く尊崇を集めてきました。一の鳥居をくぐり境内に入ると、森厳という言葉が自然に浮かんできます。約13ヘクタール(約4万坪)もある境内は、樹令400年〜500年以上という老杉や欅に守られるように囲まれています。いつもと違って気がひけるのは、昼の熱燗一本で微醺(びくん)を帯びているからでしょうか。厳格なご老人からは大目玉を食いそうな不埒(ふらち)な参拝。それでも、湿り気を帯びてひんやりとした大気を呼吸しているうちに心が洗われ、罪障感が薄れていきます。我心ながら都合よくできています。

 境内は、「弥彦菊まつり」(11月1〜24日開催)の準備が進められていました。昭和35年に始まった「新潟県菊花展覧会・弥彦菊まつり」は今年で49回目。新潟県下随一の菊花展として全国的に知られています。無数の菊で華やかに埋め尽くされた境内を想像しながら、拝殿を前にうやうやしく二礼、心して四拍手、そして一礼。古来の作法にのっとるのは、なんと気持ちのよいことでしょう。
 

多様な生物の息づかい感じて

 
広大な弥彦公園にある紅葉スポット「もみじ谷」。この観月橋からの眺めは絶景だ

 拝殿の背後に神々しい姿を見せる弥彦山、境内をつつむ深い森、拝殿脇から続く万葉の道。こうした空間にひたっていると、とりたたて信仰を持たない小生でも、西行が伊勢神宮に参拝した際の和歌が思い出され、しみじみとした安らぎとともに共感できます。

 なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる

 この和歌から、霊だのスピリチュアルだのといったものを感じるわけではありません。もっと即物的というか、さまざまな生物の息づかい、生の営みのような気配が伝わってきます。地中の微生物から地上の樹木、小動物、風のそよぎ、さらに梢のかなたの流れる雲まで、“みんな生きている”という感覚です。今風に申せば生物多様性でしょうか。

 こんな風に感じるのは、山国に生まれ育ち、森の中で山仕事をしてきたからかもしれません。たとえば、間伐(かんばつ)などで樹木を切り倒せば樹木の痛みを感じ、アスファルトやコンクリートで舗装された道路を歩いていれば、地中の土壌はさぞ息苦しいだろう、などと思うこともしばしばです。都会育ちの友人たちにこんなことを言うと、決まって怪訝(けげん)な顔をされてしまいますが……
 

彌彦神社をイメージした弥彦駅

 
JR弥彦線の弥彦駅。彌彦神社をイメージして建てられている

 参拝の後、拝殿脇の万葉の道を下り、一の鳥居門前の神社通りをのんびり歩きました。時間を気にせず、慌てず騒がず、ぶらぶら歩く気持ちよさ。ひょっとすると歩行スピードと血管を流れる血液の速度が同じになっているのかもしれません。いい気分で温泉旅館、土産物屋が建ち並ぶ中を進むと、「聖人清水」の案内板がありました。かの親鸞聖人が彌彦神社を参拝した折に、杖で突くと湧き出たと伝えられる清水です。暮らしの中に、伝説がさりげなく息づいています。

 神社通りから左折し、外苑坂通りを下ってゆけば弥彦線の弥彦駅ですが、右手に広がる弥彦公園へ迂回してみました。途中トンネルがあり、くぐり抜けると、そこはもみじ谷。昔の木橋を再現した観月橋あたりは、紅葉の絶景スポットです。今年はどんな紅葉を見せてくれるでしょうか。

 公園をぶらぶら下ると、JR弥彦線の弥彦駅です。大正6年の竣工で彌彦神社をイメージして建てられています。神社建築を模した駅舎は全国でも珍しく、新潟県の近代化遺産のひとつに選ばれているそうです。そのせいか、駅舎内も落ち着いた好もしい雰囲気で、列車の待ち時間はゆったりとくつろげます。

 弥彦線は、1916 (大正5) 年10月、越後鉄道弥彦支線として開通しました(昭和2年国鉄に移管)。「参宮線」と名づけられたように、遷宮式をひかえていた彌彦神社の年間44万人にのぼる参拝客の輸送を目的としていたそうです。

 やっぱり神社参拝は列車だなあ。レトロ感さえただよう下り列車に乗り込んで、さっそくカップ酒です。黄金色に輝く稲田、上越新幹線開通を記念して建てられた、高さ30mの朱色の大鳥居、路線両側の家並みなど車窓の光景を眺めながら飲(や)る地酒の美味さよ。満ち足りた幸福感がじわじわと、列車の速度に合わせるかのように、身内に広がります。

 (次回につづく)

◆ 

[旅先案内]

西分慶雄(にしわけ よしお)

クリエイティブ・ディレクター。南アルプス辺境の村生まれ。湖上にたなびく杉花粉を美しいと思って育つ。15歳から鉄道の旅に呆ける。高卒後即浪人生活に入り、京都・東京などに8年間遊学。20代後半から広告ライターに。以来二十数年、東北ほか各地を取材している。10年後には帰村し、片手間に続けてきた山仕事(造林、山葵・椎茸づくり)に就く予定。

2009年10月12日  読売新聞)
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