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まだまだ元気、皆に勇気と希望

【04月15日】人・灼熱のサハラマラソン、72歳リベンジ

表彰台でI am very happy

 
メダルと盾を手に笑顔で完走の喜びを語る飯田さん(新座市野火止の自宅で)

 世界で最も過酷とされる「第24回サハラマラソン」に、日本人歴代最高齢で挑戦した埼玉県新座市の主婦飯田徳子さん(72)が、無事に5日間で約202キロを完走した。初出場で途中棄権した昨年の雪辱を胸に臨んだ灼熱(しゃくねつ)のサハラ。飯田さんは帰国後、「リベンジを果たせて最高の気分。今後も出場し続けたい」と日焼けした顔をほころばせた。(柏原諒輪)

 サハラマラソンは、北アフリカ・モロッコ南部のサハラ砂漠を舞台に3月30日からスタート。参加者は主催者側から提供される水やテント以外、寝袋や食料などはすべて個人で用意し、キャンプしながら走り続ける。

 今大会には世界各国から過去最高の812人が参加した。大雨の影響で開始日がずれ込み、コースも変更されたが、飯田さんは完走した770人中687位でゴール。記録は49時間24分22秒だった。今大会最年長ながら、「ただ完走するだけでなく、少しでも上の順位を狙った」と涼しい笑顔を浮かべた。

 足の裏にできたまめがつぶれ、両足には初日から激痛が走った。サハラ特有の激しい砂嵐にも襲われた。ひざまである川を歩いて渡り、靴の中が水と砂だらけになったことも。それでも「今年こそは」との強い思いで踏ん張り、走りきった。

 飯田さんがマラソンを始めたのは、東京都内で小学校教諭をしていた49歳の時。同僚に誘われて8キロマラソンを走り、ゴール後の達成感に魅了された。

 トレーニングを重ね、徐々に距離をのばし、フルマラソンに臨んだ。以来、70キロ超えの山岳レースや100キロマラソンなど国内の様々なレースを次々に走破。1年で約40大会に出場したこともあり、これまでに挑戦した大会は400を超える。

 サハラマラソンは、通っていたスポーツクラブの水泳インストラクター村上久美さん(60)に誘われ、昨年初めて挑んだ。だが、ヘッドライトの電池が弱まり、道に迷った影響もあって第4ステージで棄権。「考えが甘かった」と振り返る。

 この1年は、坂上りの練習を新たに取り入れ、毎日2〜3時間のランニングに励んだ。就寝前の筋トレも欠かさなかった。前大会の反省を生かし、ヘッドライトを二つ持ち込み、食料などを軽量化して背負う荷物を13キロから9・5キロに減らした。

 年代別で70歳代は飯田さん1人だったため、大会後は大勢の前で表彰台に上り、「I am very happy」と英語であいさつしたという。

 今後も5月4日の10キロマラソン、30キロ走や8時間走など7月までに4大会への出場を予定している。「年齢は考えていない。月1回は大会に出場したい」と、走る意欲は衰えを見せない。

2009年04月17日  読売新聞)

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