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大人になった虫捕り少年

ギフチョウを育て、珍種ガロアムシも採集〜白川英樹さん編(2)

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育てながら自然環境全般も学習

白川少年が大好きだった“春の女神”ギフチョウ(版画、広田日出樹氏作)

 虫捕り少年の多くがそうであるように、白川英樹さんは、昆虫の飼育や繁殖にも力を入れた。春の里山に現れるアゲハチョウの一種であるギフチョウは最もお気に入りだった。また、チョウの世界で“ゼフィリスト”という言葉があるほど人気があるゼフィルス(ミドリシジミの仲間)も好きで、ブナ科の植物の枝や冬芽に産み付けられた数ミリの卵を探し出し、採卵して幼虫、サナギ、成虫まで育てた。

 「チョウの幼虫の食草を得るために植物の種類を覚え、チョウはその植物のどこに卵を産み付けるかを知るために、植物の形状も理解します。私は形や色が地味でも横向きに咲く花、例えばカンアオイが好きでした。このカンアオイがギフチョウの食草であることを知って、チョウと植物の関係について興味が倍増した覚えがあります」と白川さん。「昆虫採集を通じ、自然環境の全般を知らず知らずのうちに学んでいたことになりますね。同時に、集中力や忍耐強さも養われ、後年の研究生活に役立ったことは間違いありません」

朽ち木からモゾモゾとはい出した珍種中の珍種

白川少年が偶然に捕まえた珍種のガロアムシ(版画、広田日出樹氏作)

 「そうそう、虫仲間の上級生と、身近な採集フィールドだった松倉山で朽ち木をほじくっていたら、ガロアムシを見つけたんですよ」と、白川さんは目を輝かせながら言った。

 ガロアムシは、フランスの外交官E.H.ガロアが1915年に栃木・日光中禅寺湖畔で発見した原始的な昆虫だ。一見すると、シロアリとハサミムシの中間のような姿で、体色は飴色をしている。朽ち木や石裏、洞窟(どうくつ)など湿気のある薄暗い場所に生息しているが、詳しい生態は未解明で、たいていの昆虫図鑑には“古い型の昆虫”や“生きた化石”という言葉を使って紹介されている。

 「朽ち木の採集ですから、甲虫類でも探していた時だったのでしょう。思いがけず、ガロアムシがモゾモゾとはい出てきて、びっくりしました。珍しい虫ですから、大学か博物館か、おそらく名和昆虫研究所に送ったところ、ガロアムシであると同定した返事が返ってきたのは記憶しています。ところが、標本はそれっきり戻ってこなかった。研究用にでもしたのかも知れませんね」。白川さんは目を細めて回想した。

 筆者も、ただ一度、愛媛県の山中で石裏からはい出してきたガロアムシを発見したことがある。ところが、予想外に敏しょうで、岩と地面のすきまに逃げられてしまった。後日、調べたところ、四国ではほとんど記録が無いらしいことを知った。この時以降、何度か探したけれども、二度とガロアムシを見る機会はなく、悔しい気持ちが今も残っている。最近の研究では、一昔前よりもずっと情報量が増え、日本産は6種ほどに分類されており、飼育下でライフサイクルも解明されつつあるようだ。

 それにしても、白川さんが昆虫採集に熱中していた1950年前後、ガロアムシは珍種の名を欲しいままにしていたはずだから、それを偶然に発見した白川少年はさぞかし、驚き、うれしかったことだろう。そのことは60年を経た今でも、白川さんのいくらか高ぶった口調から、はっきりと感じることができた。

 ガ・ロ・ア・ム・シ……。改めて、なんて、単純だけれど魅惑的な響きのする良い和名だろうか、と思う。この昆虫の名前を久々に、まったく思いがけず、白川さんの口から聞くことになろうとは想定外のことで、筆者は何だか、すっかり、うれしくなってしまった。

欲しかった昆虫用品の一覧を発見

白川少年がメモした昆虫用品の注文一覧(白川英樹さん提供)

 さて、この原稿を書いている最中、白川さんからメールが届いた。

 〈家に戻って標本を整理していたところ、一枚の標本の裏面に当時欲しかった捕虫網やその他の標本作りに必要なものの品名、必要数、価格などが鉛筆で書いてあるのを見つけました。名和昆虫研究所に注文しようと思って書き付けておいたものと思われますが、表側しか見ていなかったので今まで全く気がつきませんでした〉

 メールに添付された画像を見ると、採集・標本作製用具の名称――捕虫網、ピンセット、シカ昆虫針、舶来微針、昆虫針整理箱、微針専用コルク台、展翅板、展足版、ルーペ、小昆貼付用セルロイド台紙――が書かれている。

 注文品の一覧は、〈シカ昆虫針 12345号 100本入 ……… 55×5 ……… 10(185)〉といった具合に、品名ごとの個条書きになっており、判読しにくい部分もあるが、筆者なりに読み解いてみた。

 例えば、この〈シカ昆虫針〉は、昆虫採集・標本作製用具の老舗である東京・志賀昆虫普及社製の昆虫針だろう。1〜5号の数字は針の太さだ。あるいは〈捕虫網〉の項を見ると、直径36センチで折りたたむことができる本格派を手に入れようとしている。はたまた、〈小昆虫貼付用セルロイド台紙〉の項では50枚入を10セット、注文しようとしており、白川少年はチョウのみならず、小型の甲虫類なども相当数、採集していたことが推測された。いずれの項も、最後のまるかっこに、送料などを含めた各品物の総額が書かれているようだ。

 さらに、一覧の下には、枝葉をたたいて落ちてくる小型のカミキリムシやゾウムシなどを捕まえるビーティング・ネット(叩き網)とみられる図が描かれている。自作しようとした痕跡ではないだろうか。

 「チョウ以外では、ハンミョウとかセイボウ(ハチの一種)とか、金属色のきれいな昆虫に魅力を感じましたね。カミキリムシやカメムシにだって、本当に美しい種類がいるでしょう」――。今回出てきた注文品一覧は、白川さんのこうした証言を裏付けていると言える。

 筆者は念のため、岐阜・名和昆虫博物館に電話で問い合わせたところ、現在でも、昆虫採集・作製用具を販売しており、特に昆虫針は、志賀昆虫普及社の製品が優れているので、戦前から販売しているとのこと。志賀昆虫社製の特徴は、有頭針の頭が針と一体で取れにくいこと、頭自体が小さいため、標本に使った際に目立たないことが外国製品との違いだ。

半世紀越しの決意で志賀昆虫へ

 「3年くらい前から、横浜の自宅庭にツマグロヒョウモンが来るようになりましてね。ツマグロヒョウモンで間違いないとは思うのですが、捕虫網で捕って、しっかりと同定しようと、今年の5月頃、志賀昆虫に行ったんです」と、白川さん。「大学進学のために上京して間もなく、何度か足を運んだのですが、当時の私には敷居が高かったのです。それで、ついに中に入ることはできず、店先からショーウインドーに飾られた標本を眺めるだけで通り過ぎたものです。半世紀ぶりに、『今度こそは入るぞ』と勢い込んで出かけたのですが、移転した旨の張り紙があって、正直、がっかりしたんですよ」

 志賀昆虫普及社は、同社の設立者である志賀夘助(うすけ)さんが2年前、104歳で亡くなった後、東京・渋谷から品川に移転したのだった。虫屋で、志賀昆虫の製品の世話にならなかった人はいないだろう。往時の店構えを知っている虫屋のベテランの中には、昔を懐かしむ人が少なくない。それにしても、白川さんと志賀昆虫の間に、こんな半世紀に渡るドラマがあったとは、誰も知らなかった事実に違いない。店先からショーウインドーに見入る学生服の白川青年と、移転を告げる張り紙の前で立ちつくす白髪の白川博士――その両方の姿が、筆者にはまるで見たかのように想像できてしまった。

 志賀さんは、華族の子弟らの趣味であった昆虫採集を一般大衆に広めた立役者としても知られる。その生涯は「日本一の昆虫屋:志賀昆虫普及社と歩んだ 百一歳」(文春文庫PLUS)に詳しい。

 ところで、この連載でも紹介したツマグロヒョウモンは、北方に分布を拡大しており、地球温暖化や、パンジーなど園芸スミレが冬場も流通するようになったことが、要因とされている。そんな中、白川さんが同定のため、庭に飛んでくるチョウを捕って確かめようという姿勢はさすが、サイエンティストであり、往年の虫捕り少年であると思うのだ。

(読売新聞地方部・宮沢輝夫)

白川英樹(しらかわ・ひでき)氏

1936年東京生まれ。父親は軍医で、小学3年生の時、母親の実家がある岐阜県高山市に移る。東京工業大学理工学部卒。筑波大学名誉教授。日本学士院会員。2000年、「導電性ポリマーの発見と開発」でノーベル化学賞受賞。文化勲章受章。高分子学会賞、高分子科学功績賞、日本化学特別顕彰など受賞。

2009年10月05日  読売新聞)
この記事へのコメント
  • 鵜木昌博
    2009年10月07日 09:49

     私は東京の大田区の南に住んでおりますが、ツマグロヒョウモンはごく普通に見かける蝶になりました。今頃が越冬蛹になる産卵時期でしょうか、よく見かけます。
     また、今年、ナガサキアゲハの幼虫ではないかという幼虫を庭のミカンの木に見つけ、飼育したところ、蛹にまではなりました。寄生が無ければ羽化できるかもしれません。ナガサキアゲハも北上中の蝶ですよね。
     アオスジアゲハも、昔は南の蝶でしたが、現在、庭にアオスジアゲハ用に植えたクスノキで毎年産卵してくれるので、一部を飼育して羽化させ、楽しませてもらっています。

  • 宮沢輝夫
    2009年10月07日 21:17

    鵜木昌博さま
    ツマグロヒョウモンのみならず、ナガサキアゲハも飛来した可能性があるのですか。羽化にいたらなかったのは残念ですが、野生のチョウの幼虫は寄生蜂などに寄生されていることが珍しくありませんから、仕方ありませんね。次の機会に、うまく羽化してくれればいいですね。
    アオスジアゲハは、青い羽をきらめかせながら、機敏に飛ぶ姿が印象的です。私も好きなチョウで、都内でも見られるので、うれしいですよね。

  • 布施英明
    2009年10月13日 22:41

    E.H ガロアは群馬県の熊ノ平にもよく採集にきていたそうです。カーバイトランプをつけて甲虫などを採っていたと、熊ノ平の力餅屋の先代から聞きました。

  • 宮沢輝夫
    2009年10月15日 00:37

    布施英明さま
    E.H ガロアが採集しにきたところを目撃した歴史的な証人から、直接に話を聞いたとはなんともすごいですね。ガロアはガロアムシ以外にもさまざまな新知見を掘り起こした一流の昆虫採集家だったようです。それにしてもカーバイトランプをつけて碓氷峠付近に出没していたとは・・・。その情熱は虫屋の鏡と言えそうです。

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