- 10月14日
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キング牧師がノーベル平和賞を受賞。‐1964年(昭和39年)‐
「アイ・ハブ・ア・ドリーム(私には夢がある)」。米国の黒人解放運動指導者マーチン・ルーサー・キング牧師の有名な演説を生んだ1963年8月の「ワシントン大行進」の翌年の10月14日、ノーベル賞委員会は牧師にノーベル平和賞を授与することを決定した。
受賞の知らせに牧師は「これはわが国全土にわたって正義の支配と愛の法則を打ちたてようとして、非暴力的な道を追求している何百万人もの勇敢な黒人と善意の白人の規律と英知ある節度と偉大な勇気に対する贈り物である。(中略)この受賞により非暴力の誓いを今後人生の哲学にまで深めることが要望されよう」と語った。
牧師が言及している「非暴力」こそが、牧師の黒人解放運動のスタイルだった。ノーベル賞委員会も、「一貫して非暴力の原則を主張してきた」ことを授賞理由として特に指摘した。
1960年代の黒人解放運動は、非暴力を打ち出したキング牧師などの穏健派と武装解放を掲げるブラックパンサー党(黒ヒョウ党)などの過激派が入り乱れていた。だが、公共施設での差別撤廃を盛り込む公民権運動を前進させたのは、キング牧師に代表される非暴力の穏健派の地道な努力だった。
約20万人が参加したキング牧師によるワシントン大行進の成功は、時のケネディ大統領から絶賛された。そして、暗殺されたケネディを継いだジョンソン政権下の1964年7月、公民権法が制定され、ついに法の上での人種差別が撤廃された。
とはいえ、当時、アメリカの黒人すべてにキング牧師が支持されていたわけではなかった。公民権法の制定後も、黒人への差別は陰に陽になくならず、差別は実質的にはほとんど改善されなかった。暴力的な運動を容認するマルコムXも大きな支持を集めた。キング牧師は次第に孤立していった。
キング牧師はベトナム戦争にも反対を唱えたことから、ジョンソン政権に警戒される。そして、1968年4月4日、遊説先のテネシー州メンフィスで凶弾に倒れた。実行犯として逮捕された男が服役中に自供を覆すなど、暗殺を巡っては政府機関絡みの陰謀説が今でも指摘されている。(治)



